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2007年11月21日 (水)

日本の川~吉井川(岡山県)

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岡山県の東部を流れる吉井川は、旭川と共に備前国の二大河川として知られています。

古くから旭川を「西の大川」と称するのに対して、吉井川は「東の大川」と呼ばれていたとか。「吉井川」とは、明治以降に統一された名称で、それ以前は保津川と同様に同様に流域のそれぞれの地名で呼ばれ、上流で「奥津川」、津山城下へ出て「津山川」となり、さらに南下して「周匝川(すさいがわ)」、「和気川」、「吉井川」、「雄神川」などと呼ばれていました。

この吉井川、実は京都や保津川と少なからぬ関係があります。

吉井川の流域開発はこの辺りでも最も早く、約1,700年前に開かれたといわれています。そして、出雲地方と近畿地方を結ぶ交通の要路ともなり、高瀬舟の利用と相まって流域は栄えていきました。

この吉井川や旭川、高梁川といった岡山三大河川では、室町時代から高瀬舟が行き来し、明治時代に鉄道が通じるまで物流の大きな役割を担っていました。特に吉井川の高瀬舟は最も大型で、江戸時代初期の豪商・角倉了以がこの高瀬舟を見本にして、保津川や高瀬川の河川開発を行ない、河川舟運を開いたのです。

また吉井川の流域にある和気町は、京都の人に御所の隣にある護王神社でおなじみの和気清麻麿の出身地でもあります。彼は桓武天皇のもと頭角を現わし、平安京の造営にあたっては造営大夫として尽力しました。その平安京の造営にあたって材木や瓦の供給という大きな役割を担ったのが保津川の筏流しなのです。また彼は785年(延暦4年)に、神崎川と淀川を直結させる工事を行い平安京方面への物流路を確保するという大きな役割を果たしました。

さらに、保津川に生息する国の特別天然記念物であるアユモドキのもう一箇所の生息地としても知られています。

吉井川は岡山平野に入るころには、まさに悠々と流れる大河といった趣があります。保津川と吉井川、不思議な縁でつながっているんですね。

プロジェクト保津川 原田

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