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2008年8月14日 (木)

第4回筏流しと舟運技術の聞き取り調査が行なわれました

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先週の水曜日、第4回目となる「筏流しと舟運技術の聞き取り調査」が亀岡市文化資料館で行われました。

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今回も、元筏士で船頭でもあった亀岡市保津町在住の酒井昭男さん(81)と上田潔さん(88)に、保津川の筏流しや川舟の技術についてのお話をいろいろ伺いました。特に今回力を入れてお話を伺ったのは、まず、「綱道」と呼ばれる、舟の曳き上げ道を、どのようにして船頭さんたちは嵐山から亀岡まで引っ張って帰ったのか、ということ。

今回、上田さんが手書きの資料を作ってお持ちくださいました(上の写真をクリックすると、PDF形式のファイルで拡大表示されます)。それによると、なんと嵐山から亀岡まで、12回も川の両側を行ったり来たりしながら、4~5時間かかって亀岡まで引き返して来られたそうです。

そこには、こんな言葉が書かれていました。

「明治、大正、昭和半ば迄は下つた船は船長外3名で保津川の急流を引上げたものです。中々苦しい仕事であつたが、地元の百姓の副収入の克てとしてやつて来たものです。私も昭和9年16才でお世話になり4月から11月まで農業の間を見て引上げたものです。

こゝに書きました引上げの渡し図ですが圖ですが嵐山より12回右、左を渡り引上げたものです。今思へば良く出来たと思います

この保津川の地名渡し場の名を思えばほぼ岩の名、場所迄わかります。

保津川の竿の趾又つなの趾場所を云えばほぼ此の辺だなあと想い出せる」

途中、大きな岩や、下ってくる筏や舟を待ちながらの行程は、大変な技術も必要で、4人の船頭さんが力を合わせて行わないといけない、危険な仕事でもあったそうです。すでに船頭の仕事を離れられて10年以上が経ち、舟を歩いて曳き上げなくなってからは60年の月日が経ちましたが、まるで昨日のことのように覚えておられるお二人の話は、私たちには本当に興味深いものです。

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これが船を曳き上げた「曳き綱」。意外と細い綱なのがお分かりいただけるかと思います。これは、太い綱だと、水を吸ってしまって重くなるために、ぎりぎりまで細く作られているのです。もし、下ってくる筏とタイミング悪く出会ってしまうと、(危険なために)怒った筏士さんが鎌で切ってしまうこともあったとか。

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それから舟の航行の安全を確保するために行われる「川作」(かわさく)という作業についても、現役の船頭さんをまじえて現在と過去の工法の違いについて話し合われました。もちろん、おおまかな工法は変わりありませんが、上りの船の水路を確保する必要がなくなった分、多少は変化があるようです。

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それにしても驚かされるのが、川のことを本当に知りつくして、それをしっかりと覚えておられる、ということ。川に生きてきた人としての誇りを垣間見させていただいている、お二人のお話をうかがっていると、そんな気がします。

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さて、聞き取り調査は、どんな雰囲気で行われているのか、ここでちょっと公開!実は、お二人の前にはずらっとレコーダーやカメラが並べられていて、ひとことひとことを聞き漏らすまい、と、まるでちょっとした記者会見のような雰囲気なのです。はじめは恥ずかしいなあ、とおっしゃっていたお二人も、少しでも役に立てるなら、と喜んで協力してくださっています。

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これが昭和50年代はじめまで活躍していた保津川下りの木造船です。実は、この木造船を作っておられた船大工さんも、たった1人がご健在なだけで、独特の技術も筏同様に、今まさに消えようとしています。プロジェクト保津川では、今回の筏復活プロジェクトを契機に、各機関・団体とも連携して、この保津川の木造船の復活・伝承にも、これから取り組んでいきたいと思います。

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このあと、第6回目となる「筏復活プロジェクト連絡協議会」も夕刻から開催され、いよいよ1ヶ月後にせまった9月10日の筏流しの実現に向けて実務的な打ち合わせも行われました。今回は、実際に筏を操縦していただく保津川下りの現役の若手船頭さんたちも多数参加され、筏の模型を前に、みなさんでああでもないこうでもない、とイメージトレーニングをされている姿が印象的でした。

引き続き、当日お手伝いいただけるボランティアスタッフを募集しておりますので、ぜひご連絡ください!

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