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2008年10月20日 (月)

祭と鯖寿司、そして筏

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京都や丹波地方でお祭り、といえば「鯖寿司」。昔から受け継がれてきた「ハレ」の食です。もちろん私も子供の頃から大好きなんですが、なぜ山深い里にまで、海の魚である「鯖」が広まっているのでしょう?

京都で昔から親しまれてきた鯖は、グジ(アマダイ)やカレイなどと同じく「若狭モノ」と呼ばれる、京都府北部から福井県にかけての若狭湾で獲れた海の幸です。若狭湾の漁師さんたちは干したり酢で〆た海の幸を京都まで運びました。いまでも京都・出町柳から滋賀・朽木を経て福井・小浜にまで至る道を「鯖街道」と呼んでいますが、実はこの鯖街道、ほかにもいくつかのルートがあります。

今のように冷蔵技術がなかった昔、海から離れた京都や丹波では、こうした海の幸はたいへん高価なものでした。つまり、こうした海の幸を手にすることが出来た地域は、いわば所得水準の高い、裕福な地域でした。

都であった京都はともかく、ではなぜ丹波の山里まで、こうした高価なものを買うことが出来たのでしょう?その答えは保津川の筏がもたらした富にあります。危険な技術も必要な筏流しは、高品質の丹波の材木とあいまって賃金が非常に高く、農業も営みながら筏や材木商、あるいは筏士が泊まる宿など、保津川流域の人々はさまざまな形で多くの富を得ました。そして、そうした豊かな地域であったからこそ、京の都同様に行商人によって海の幸がもたらされたのです。

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昨日も亀岡祭の話題をお届けしましたが、今、市内のスーパーのチラシには鯖寿司用の鯖が大きく載っています。ぜひ、一度、みなさんもご自身で作ってみませんか?

(H)

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