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2009年7月27日 (月)

淀川河口の漂着ゴミ調査と鼈甲しじみ

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ここは阪神淀川駅。目の前は淀川、といっても明治時代に大阪の洪水を防ぐために放水路の目的で作られた人工の「新淀川」ではありますが、大きな川です。ここで今日は、担当する大商大のゼミで漂着ゴミ調査を実施してきました。

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淀川を渡るジェットカーこと阪神の青胴車。この淀川にかかる橋梁、河口部に広がる都市の鉄道ならではの見事な造形だなあ、と眺めてしまいました。

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駅の改札口前には、明治時代に架けられた初代の鉄橋の骨組みが一部保存されて展示されています。今ほど機械もない時代、それは想像を絶する難工事だったのでしょうね。

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改札を出ると目の前には淀川の堤防。堤防の上に上がると、気持ちの良い風景が広がっています。河口まであと4.4km、風もかすかに潮の香りがして、海が近いんだなあ、と改めて実感します。

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さて、漂着ゴミの調査に川辺に近づいてみると、あるわあるわ、恐ろしいほどの漂着ゴミの山。やはり、というか、案の定、というか、そのほとんどはプラスチック製品です。いつものことながら、圧倒的多数を占めるのはペットボトルと発泡スチロール。このあたりは海も近いため、潮が満ちてくる際に漁具も川を遡って打ち上げられています。

たとえば、上の写真の一番大きな白いものは生簀かなにかのフロートが割れたものでした。ほかにもアナゴの漁具なんかも発見。

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相変わらず、こんなところでも肥料袋。面白いのは、家庭菜園に使うようなホームセンター系の肥料袋と、プロの農家が使う全農系の肥料袋が半々ずつほどだったこと。そして全農系の肥料袋のほうが全般的に損傷が激しい、ということでした。ということは、全農系の肥料袋はより上流から流されてきたものである可能性が高い、ということでしょう。もしかしたら、保津川から流れて来たものもあるかもしれません。

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ひどいなあ、と思ったのがこれ。電線の、銅線だけを抜き出したあとの皮膜。岩にからみついて回収するのも困難です。一時、減っていたそうですが、最近また増えているそうです。

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ゴミを調査しながら川べりを歩いていると、おじさんたちが砂掘り。聞いてみると、チヌを釣るための生き餌のハゼを釣るための(笑)ゴカイを採っているとか。

2週間前に学生たちは地元NPOのみなさんと清掃活動を行ったばかりだったのに、この現状を見て、しばし唖然。おじさんたちは、先日の大雨による増水は、大潮の満潮時と重なったのでものすごい量のゴミが流れ着いてきた、とおっしゃっていました。

しかし、ゴミを別にすれば、話には聞いていましたが、ゴカイが住めるような砂地が戻ってきた、ということを目の当たりにすると、川の水もきれいになったんだなあ、と実感できます。そして驚くことに、砂地にはいろいろな貝の殻がそれこそ辺り一面に落ちています。

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で、その場で突然潮干狩りに(笑)ご覧ください、この大粒のシジミ!ペットボトルのキャップを比較対象に横に並べてみたのですが、本当に立派なシジミです。ゼミ生が持って帰ってお味噌汁にすることになりました。

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淀川のシジミなんて食べられるの?と思った方、上の写真をご覧ください!梅田の阪神百貨店では「魚庭の鼈甲しじみ(なにわのべっこうしじみ)」として売られているのです!ちなみに「魚庭」は「なにわ」の語源のひとつ、とされているそうです。

文字通り「湧くほど」にいるシジミ、それだけにたくさんの漂着ゴミが気になります。このあたりは河口なので海からのゴミもあるのですが、中には松原市のゴルフ場のボールもありました。池に向かって打つ、あの浮かぶボールです。地図を見てみると、大和川を流れて来たものが潮の流れに乗って淀川を遡ってきたようです。

今朝の日経新聞には、漂着ゴミ処理推進法が成立して、対策が徐々に始まった、ということが報じられていました。新聞の中で鹿児島大学の藤枝先生もコメントされていましたが、河川からのゴミの流出をいかに食い止めるか、そのために私たちもまずはデータ収集を行っていきたいと思います。

(H)

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