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2010年2月28日 (日)

保津川筏復活プロジェクトシンポジウム「筏がつなぐ山、川、そしてまち」を開催しました!

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保津川に筏が流れる風景の復活を進めている「京筏組」では、昨日(27日)、亀岡市の京都学園大学・光風館会議室で「筏がつなぐ山、川、そしてまち」と題した「保津川筏復活プロジェクト・シンポジウム」を開催しました。

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シンポジウムには、57人もの方にお集まりいただくことができました。いつも、事前の申し込みを不要にしているので、フタを開けてみるまで会場が埋まるかどうかわからない、というドキドキ感の中でシンポジウムを運営していますが(笑)、今回もおかげさまで各地からたくさんの方にお集まりいただきました。

シンポジウムでは、まず最初に筏復活プロジェクトのリーダーであるプロジェクト保津川の河原林理事から、「京筏組」のこれまでの取り組みを紹介させていただきました。

保津川下りの船頭さんでもある河原林さん、2007年に上流の日吉ダムで行われた「いかだを作ろう」というイベントで、船頭さんグループ4人で保津川を下っていた伝統の筏組みを再現しました。ただ、そのときは諸般の事情で筏を川に浮かべることは出来ず、お客さんの中から「水に浮かべへんだら、筏と違う!」と言われたことが、きっかけで、だったら本当に保津川を流してやろう!、とこのプロジェクトを立ち上げました。

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今回のシンポジウムでは、お越しいただいた皆さんには、「産業」「環境」「観光」「文化」の4つのグル-プに自由に分かれていただき、自由に議論をしていただきました。

私も「環境」のテーブルのセッションリーダー(司会)をさせていただいたのですが、人が集まってくれなかったらどうしよう、と内心どきどき(笑)しかし、おかげさまでどのテーブルも満員と、盛況のうちに時間が過ぎていきます。

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今回のシンポジウムの一番の目的は、保津川の筏流しを単なる一過性のイベントに終わらせるのではなく、10年先を見据え、流域の連携や振興、あるいは環境保全といったことにいかにつなげていくのかを参加者のみなさんとともに考えてみよう、ということにありました。

そのため、ヒントをいただけたら、ということで先駆的な取り組みをされている各地のみなさんにスペシャル・ゲストのみなさんをご招待し、お知恵を拝借しました。

そのお一人が、全国で唯一、観光筏下りを行っている和歌山県北山村の現役筏士の山本正幸さん(写真中央)。山本さんは会社員を経て、11年前から現役の筏士として川を下っておられます。現在は運行管理責任者をされているのですが、筏流しの復活には、何よりも筏士という人材育成が欠かせません。修行の大変さや、安全運航への注意点など、いろいろな興味深いお話を教えていただきました。

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また、今回は上流の南丹市域からもたくさんの方にお越しいただきました。そのお一人が、天若湖アートプロジェクトでお世話になっている日吉町の湯浅敏夫さん。日吉ダムの完成とともに移転されたみなさんの代表として、さまざまな問題にあたってこられました。

湯浅さんのご自宅があった上世木地区は、大堰川~保津川を流れる筏の、いわば一大拠点であった場所でもあります。湯浅さんはじめ、ご年配の方からはかつてのこの川の様子や筏流しの風景など、資料からは決して読み取れない、貴重なお話をたくさん教えていただきました。

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シンポジウムには、世代や地域を越えてたくさんの方にお越しいただきました。遠くは埼玉や富山、愛知、大阪、そして和歌山から、また10代の学生さんから80代のおじいさんまで、実に多くの方にお集まりいただきました。

私は環境のセッションを担当させていただいたのですが、その中で話題にのぼったのが、今の流域の住民は、「川がダメになったときの記憶」が強く残りすぎていて、今の川の姿が見えていないのではないか、ということでした。

昭和20年代から30年代にかけては、戦中戦後の森の乱伐で山が荒れ、それまでには無かったような洪水が頻発したり、農薬を大量に使ったことで奇形の魚がたくさん出て、川魚を食べなくなっってしまったりしました。そういう負の記憶があまりに強すぎることが、川と人とを遠ざけている一つの要因ではないか、といったことが議論されました。

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環境のセッションには、京都府の公益社団法人京都モデルフォレスト協会から、川戸修一さんにゲストコメンテーターとしてご参加いただきました。府民や企業とともに京都の森を守るという活動をされている立場から、いろいろなコメントをいただきました。そういった話を通じて、今の川が抱えている問題を解決するためには、まず今の川の姿を、みんなで広く語り合える「場」が必要ではないか、という意見が集まりました。

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各テーブルでの議論の後は、それぞれのグループのリーダーをつとめたスタッフとゲストのみなさんが、それぞれで話しあったことを発表しました。ちなみに上の写真の右から2人目の方は、富山県氷見市のアートNPOヒミングの代表、平田哲朗さん。

平田さんは、芸術家でもあり、旅館の経営もされていて、魚屋でもあり、そして全国からも注目されるまちづくりの仕掛け人でもあるという、なんともマルチ・タレントな方です。

私たちの筏復活プロジェクトと共に花王・コミュニティミュージアム・プログラムの助成を受けたことが縁で、昨夏には私たちが氷見を訪問させていただき、40年ぶりに復活された木造和船に乗せていただいたりしました。氷見では、木造和船「天馬船」の復活を通じて、山と川と海のつながりをもう一度見つめなおすという取り組みをされています。しかもその木造和船の建造費はすべて市民の寄附で賄われました。その寄附というのも堅苦しい(?)ものではなく、ミニ天馬船レースというのを開催して集められました。参加費は1人1,000円、上位入賞者には氷見牛や新鮮な魚が当たる、というなんとも“楽しい”レースだったそうです。保津川でもそんなことしてみたいなあ、と思っています。

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シンポジウムの最後には、奥田貢・和歌山県北山村村長から、「保津川での筏流しは、観光化も十分に可能である。ただし、北山の場合は筏が途絶えてからもそれほどの時間が経っていなかったので、まだまだ筏士がたくさんいた。保津川の場合は、そういうわけには行かないので、人材育成をどう図っていくかをじっくりと考えないといけない」とコメントをいただきました。

今回のシンポジウムは3時間半にわたって熱い議論がたたかわされました。地域に伝わる資源を、地域の人がちゃんとその価値を認識する、そのことが新しい産業を生み出すことにもつながるんだ、ということを改めて感じることができた、非常に有意義な時間だったように思います。

各地の取り組みを教えていただく中で、私たちだからこそ出来ること、やらないといけないこともおぼろげながら見えてきたような気もします。

土曜日にも関わらず駆けつけてくださったたくさんのみなさんに改めてお礼申し上げます。ありがとうございました。

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さて、シンポジウムの後は、お楽しみの懇親会。亀岡駅前の「ますや」に集まって、さらに議論はヒートアップです。

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そしてこのシンポジウムから参加された、とびっきりのスペシャル・ゲスト、氷見の船大工の番匠光昭さん(左)。氷見の木造船を作り上げた現役の船大工さんです。番匠さんは「和船建造技術を後世に伝える会」の代表もされていて、博物館展示や祭事用として木造船の製作も行う現役バリバリの船大工さんです。

今回はお仕事の都合でシンポジウムには参加いただくことは出来ませんでしたが、ぜひ保津川の舟も見てみたい、ということでお仕事を終えて駆けつけてくださいました。

氷見での木造船復活の作業は、息子さんがブログで逐一そのようすを記録されていて、その様子は地元のテレビ局である富山テレビ開局40周年記念の特別番組として、全国で放送されました。

この後宴会は日付が変わっても続き、大いに盛り上がったのでした。

世代や職業を超えた、色々な人々の熱い想いを乗せて「筏」というものが川を流れ、そして人々のつながりを生み出していく、これからますます注目されるプロジェクトになっていくのではないか、そう強く感じた今回のシンポジウムでした。

筏復活プロジェクトの今後にこうご期待!

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