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2010年3月 8日 (月)

京都大学東南アジア研究所の中間成果報告会、「ざいちのち」が行われました

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6日(土)は、園部町でのイベントのほかにも、筏関連のイベントが行われました。今度は、滋賀県守山市にある生涯学習会館エルセンターで開催された京都大学東南アジア研究所・生存基盤科学研究ユニットの中間成果報告会「ざいちのち」のレポートです。

京都大学・東南アジア研究所生存基盤科学研究ユニットとは、「在地と都市がつくる循環型社会再生のための実践型地域研究」(代表:安藤和雄准教授)を推進 する為、平成21年度からスタートしたもので、滋賀県守山、朽木、京都府亀岡の3地域にフィールドステーション(FS)を設置し、研究者、地域住民、地方 自治体、地元NPO等、地域に関わる様々な立場の人々が協働しながら、日本の農山村や地方都市の望ましい将来像を共に描いていくことを目指し、活動を展開 しています。

今回の報告会は、この2年間の活動成果を各地研究員から報告を受け、現状の把握や問題点等を探り、プロジェクトの意義と今後の展望などについて出席者で協議する目的で開かれました。

午後1時30分から開会した同報告会では、亀岡フィールドスーテション研究員として活動している河原林洋氏と原田早苗氏の2人が、私たちプロジェクト保津川とともに進めている「保津川筏復活プロジェクト」に関連する研究成果について発表を行いました。

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まず、原田早苗研究員から「近世の筏にみる『したたかさ』」という題で発表。京都の木材需要が急激に伸びた江戸時代末期、それまで強い立場であった山主や筏問屋に対して、保津川という急流を流せる“技術”を盾に、当時の筏士たちが、自分達の利益の為にどの様な形で「したたか」に振舞ったかを、歴史文献を元に検証されました。

筏という一産業をめぐり、繰り広げられた業種間のパワーバランスのかけ引き。そして“技術”という強みを最大限に利用し、時には対立し、時には協力しながら生き延びた“筏士像”の浮き彫りは、いつの時代にも起こりうる同様の事態にいかに対応するかのヒントを与えてくれる発表で、面白かったです。

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引き続き、河原林洋研究員が「保津川の筏流しを通しての地域の知恵とそのつながり」と題して発表。平成20年から始まった「保津川の筏流し研究」の概略からこれまでの経過報告の後、この筏復活事業が、流域地域にもたらした影響と現象について発表し、研究の意義と今後の将来的な展望が述べられました。

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姿を消した「ひとつの伝統産業」を甦らせることで、木材や鍛冶工品など関連していた全ての産業が呼び覚まされ、また「川の筏」という“動く産業”が“ま ち”や“人”等を結ぶ、横断的な地域間交流の創出を生み出したダイナミズムに、歴史ある地域の埋もれた底力を再認識させられる内容でした。

“保津川”という川と筏という「失われた伝統産業」を中心にして、多くの人やまちの関心が集まり、新しい形の地域間協力にによる農山村や地方都市の再生モデルが生み出される予感を感じた報告会でした。

原田早苗さん、河原林洋さん、お疲れ様でした。

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