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2011年3月22日 (火)

落差工がなくなりました! ~西川“せせらぎ”と“水辺の小径”プロジェクト

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亀岡市篠町内を流れる保津川の支流、西川の自然再生プロジェクト川“せせらぎ”と“水辺の小径”プロジェクト、ついに落差工(堰堤)の撤去作業が一つ、完了しました!

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先日の記事で、この工事が今一つ住民に知らされていない、ということを書いたら、さっそく土木事務所の方から連絡があり、説明の看板を作ります、とのことでした。その前に、とりあえず簡単な説明資料も貼ってくださっていました。

この1枚があるだけで、住民のみなさんの関心も大きく変わってきたようで、川や作業の様子を興味深そうに眺めたり、散歩している人同士が会話をしている姿をたくさん見るようになりました。

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ちょっと話がそれますが、この落差工のあるすぐそばの交差点にあった衣料品店、少し前に閉店して更地になっていました。その後、どうなるのだろう、と思っていたら、商店街の方のお話しによるとコンビニが立つそうです。

ちなみに真向かいにかつて別のコンビニがありましたが、馬堀駅前に新しくコンビニが開店するとあえなく閉店してしまいました。また、この西川を渡る府道(旧山陰道)は、今はたくさんの車や歩行者が通りますが、近々、もう少し下流側に新しく道路が出来るので、どう考えても人や車の流れはそちらに移ります。そう考えると、ここにコンビニを立てても、長く続く可能性は限りなくゼロに近く、それだったらむしろ、緑地公園のようなちょっとゆっくりできる場所にするほうが都市政策として考えてもいいのではないでしょうか。

道路こそ隔ててしまいますが、桜をいっぱい植えて、みんなが集える、そんな場所をもっともっと増やすことが、全体として賑わい=まちの発展につながると思うのですが、どうでしょう。

 

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さて、川べりを歩いていると、おじさんと子供たちが「あれは何だ?!」と川を指さしています。

よく見ると、ヌートリアではないですか。みなさん、ヌートリアをご存じなかったので教えてあげたのですが、もともとヌートリアは毛皮を取るために輸入した、ネズミの仲間の動物です。ところが戦後、軍隊の需要がなくなってしまったために、それまで飼育していたヌートリアを逃がしてしまい、それが大繁殖して農作物を食い荒らし、困った問題を引き起こしています。

川の落差工がなくなる、ということは、川の連続性が甦り、魚をはじめとした水生生物が行き来するようになります。それはつまり、水生生物の生息域が拡大し、たとえばアユモドキのような希少生物にとっても、絶滅を回避するために重要なことです。

ですが、一方でこのヌートリアやブラックバスなどの外来生物も自由に行き来できることとなります。さて、「招かれざる客」をどう阻止するか、今のうちから準備しておかないといけませんね。

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さて、先日の記事で、西川の自然再生工事の一方で上流では「ちぐはぐ」な工事が進んでいる、と書いたところ、どんな工事なの?という質問をいただきました。

ということで、現場を撮影してきました。

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なにやら川を大きく掘り返して、コンクリートが打ち付けられています。たぶん、橋がかかる場所の洗掘(河床などが水で削られること)を防ぐための工事なのでしょうか?

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工事が一足先に終わったその少し下流。

この場所、以前は「どこにでもある」小川、アニメ「となりのトトロ」に出てきそうな、あんな感じです。夏になれば蛍が乱舞し、いろいろな川魚がたくさん住んでいる、自然豊かな川でした。

確かに、コンクリ護岸には魚などが隠れられるような穴があけられていますし、蛇籠の護岸もあります。でも、何か違うような気がするのです。たとえば、コンクリの垂直護岸は、蛍の幼虫が土手を這い上がって穴をあけてさなぎの時期を過ごすことができません。

カーブしているところは川を覆うように竹藪がありました。そうした竹藪は、水温の上昇を防ぎ、鳥から魚が身を隠すことができます。右岸側から注ぎ込む小川も、魚が産卵のために遡上する貴重な小川で、ちょっと石をひっくり返せば沢ガニもたくさんいました。その小川も今は塩ビの巨大なパイプに。まるで排水路です。小川自体も、味気ないコンクリの側溝に。

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その上流方向をみたところ。この場所、私が子供のころはとっておきの釣り場でした。堰堤の落ち込みにはカワムツはじめ、いろんな魚がたくさん住んでいます。以前は、周囲の田んぼでお米をつくるお百姓さんが草を刈るなどしていたので、こんな荒れた川ではありませんでした。夏になると、カブトムシやクワガタムシを取りに、土手の道を自転車で走り回ったものです。

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対岸を見てみると、石積みの護岸が一部崩落しています。ちゃんと手入れをしないと、裏側の土が流出し、どんどん崩れていきます。

じゃ、コンクリ護岸にしたら万事OKか、というとそうでもなかったりするんですね、これが。丈夫すぎる護岸は、場合によっては今度はどんどん河床が上がってしまいます。極めつけが天井川ですね。そうした場合、堤防は上部でも、越水の可能性が高まってしまうので、今度は浚渫が必要になってしまったりします。

里山、という言葉があります。集落の周囲に広がる里山は、昔から人が利用することで独特の生態系が育まれてきました。実は、川も同じです。だから何も、放っておけ、ということを言いたいわけではなく、適切な手入れが必要であり、何をもって「適切」なのか、が難しいということです。

このあたりは、最近では宅地開発が進んでいます。だからこそ、蛍が舞い、魚が泳ぐ川をkちんと残し、「地方都市」「ベッドタウン」としての亀岡の魅力を高める、そんな川を作り出せないか、と思います。

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